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2011年6月 8日 (水)

『古事記』と『日本書紀』のちがい

さて,今回から,歴史のことについて書いていきます。

ここでは,小学校・中学校で習う歴史の

隙間・隙間のところを書いていくことになります。

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<『古事記』と『日本書紀』のちがい>

Popizanami

1:『古事記』

『古事記』は7世紀に天武天皇に命令によって編纂(へんさん:まとめる)された

歴史書。

『古事記』上巻に記されている文書によると、

「各一族や家に伝わっている『帝紀』・『本辞』(←当時すでにあった書物で天皇政治の基本となったもの、現存はしていない)には真実と違っていたり、虚偽を加えたものが多い。それで偽りを削除して正しいものを定め、後世に伝えようと思う。」

天武天皇が言ったことを発端に、

『帝紀』・『本辞』を暗記していた稗田阿礼(ひえだのあれ)の語りを

太安万侶(おおのやすまろ)が記録し、まとめなおしたものが『古事記』である。

構成は全3巻(上巻・中巻・下巻)で、

内容は 天地の創造から第33代の推古天皇(←聖徳太子が摂政をした女性天皇として有名)までの歴史で神話的な物語描写が多い。

完成は和銅5年(712年)、元明天皇(大宝律令を制定した文武天皇の後を継いだ女性天皇。文武天皇の母にあたり、平城京に都を移したことで有名。)のとき。

2:『日本書紀』

『古事記』と同様、天武天皇の命令が発端で制作された。

『日本書紀』は、川島皇子(かわしまのみこ)たち6人の皇族と、

中臣連(なかとみのむらじ)たち6人の官僚たちという多くの人々によって

編纂(へんさん:まとめる)されたものであるのでグループによる分担作業をしたのではないか?と考えられている。

構成は全30巻+系図1巻で、

内容は天地の創造から持統天皇 (←天武天皇の後を継いだ女性天皇。天武天皇の妻。)までの歴史を主にどの天皇の御代にどのようなことが行われたを示した。

完成は養老4年(720年)、元正天皇(← 元明天皇のあとを継いだ女性の天皇。元明天皇の娘で三世一身の法を定めたの。)のとき。

3:2つの書物のちがい

『古事記』と『日本書紀』のふたつを合わせて『記紀』という。(以下は記紀と記します。)

記紀は、ともに天武天皇の命令によって編纂されたが、性格が大きく異なる

先に完成したのが、『古事記』(712年)。

『古事記』は、日本語的特徴を残し(基本は漢文)、神話・物語的な部分に重点をおかれ、天皇家を含めた、古代から続く一族(豪族)の成り立ちについて詳しく書かれている。

遅れて完成したのが、『日本書紀』(720年)。こちらは完全に漢文で書かれており、天皇家の歴史に重点を置いている。

また、『古事記』では多くのページをさいて書かれている「オオクニヌシの国譲り(出雲神話)」が、『日本書紀』では全く記述されていなかったり、『日本書紀』では中国の思想を多く取り入れていることが目立つ。

このことから、

『古事記』は天皇家に各豪族が従い、

天皇家が正統な日本の指導者であると

国内向けにアピールする私的な歴史書 であり、

『日本書紀』は、天皇家が統治している日本は

しっかりと政治基盤のある国だ!

と海外(中国)へのアピールを目的とした歴史書

であるととれる。

ここから、『古事記』だけに載っている

Popookuninusi 「オオクニヌシ」および出雲の国は天皇家と対立して負けた大国であったのだろうか?と

いう説や、

記紀があまりに「日本の正当な統治者は天皇家だ」と主張しているところから

成立当初は、各豪族の反発があったり、天皇家も弱い立場にあったのでは?と

推測されている。

記紀の成立が藤原不比等が力をもっていたころなので、

記紀には不比等の意図がくみこまれているのではないか?とも考えられている。

4:小中学生に説明する際の言い方

『古事記』も『日本書紀』もどちらも奈良時代に完成した歴史書だよ。

歴史書というのは,みんなが教科書(テキスト)で習う歴史の本みたいな

ものなんだけど,『古事記』『日本書紀』は主に天皇家の歴史で,しかも,

神様が登場したりもするんだ。

つまり,天皇家は神様の子孫で,この日本を天皇家が統治するのは

自然の成り行きなんだよ!ということを示したかったのかもしれないね。

では,その2つの書物の違いは何?という質問が時々あるんだ。

まとめた人や完成した年が違うから,ただの暗記なら,

それで覚えてもかまわないけど,せっかく歴史を習っているのだから,

もう少し突っ込んで覚えると良いと思うの。

詳しく2つの書物の違いを言うとね,

『古事記』は,日本人向けに作ったもので,

『日本書紀』は海外の人に向けたものだと思って。

『古事記』は,日本人に「今,日本を統治している天皇家は,このような長い歴史があるんだよ!」と示し,

『日本書紀』で,海外の人に,「日本にも,このようなしっかりとした歴史がありますよ!」というアプローチをしたんだ。

時代は奈良時代初期。

当時は中国(唐)が先進国(政治形態・文化・技術などが進んだ国)で,

日本は中国に遣唐使を派遣し,学んで,

中国の政治・文化を模倣している時代だったからね。

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